夢に向かって挑戦する人

夢を叶える為に私が選んだ道

1957年、大阪府出身。学生時代、第15回ミスエールフランスコンテスト準ミスに、約6500人の中から選ばれる。1976年より松竹株式会社芸文室に所属し、「どてらい男」「暴れん坊将軍」などに出演。現在は三喜プロモーションにて女優を続ける傍ら、イベントやグッズの企画制作を行う。

田中 綾子さんのストーリーインタビュー

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ブラウン管を通して見ていた世界へ

準ミスを受賞、芸能界デビュー

右も左もわからない、女優としてのスタート

わたしはもともと女優になりたいと思っていたわけではないんです。大学生の頃は、キャビンアテンダントに憧れていたんですよ。それを目指す上でプラスになるんじゃないかなと思って挑戦した「ミスエールフランスコンテスト」で、準ミスになったんです。そこで、コンテストを主催していた映画の松竹株式会社から契約のお話をいただいたことが、この世界へ進むきっかけになりました。お話をいただいた時は、見たこともない世界だし、やっぱり不安だなとも思ったんですよ。でも、未知の分野のものごとにいろいろと挑戦できて、行動範囲も広がるんじゃないかなって思ってその話をお受けすることにしました。

写真:田中 綾子さん
準ミスエールフランス受賞が芸能界へ進むきっかけ。
演技やタレントとしてのお仕事は全く経験がなかったのですが、松竹に入った年にドラマデビューも決まり、急遽演技のレッスンなどをイチからテレビ局で2ヵ月程受けました。いままでブラウン管を通して見ていたスターの方たちを目の当たりにしながら、本当に右も左もわからない状態でしたね。芸能界では、昼でも夜でも現場に入ったら「おはようございます」、帰りは「お疲れ様でした」っていうふうにあいさつをするんだっていうことも、そこではじめて教えてもらいました。そんな素人ですから、慣れるまでは撮影にも苦労しました。スタジオでの撮影って、1つのシーンでもいくつかのカメラで同時に撮るんですよね。カメラの上の赤いランプがついてからセリフを言わなきゃいけないのに、はじめたばかりのときはそんなことも全然知らなかったんですよ。だから、しゃべったはいいけど早すぎたりとか、カメラさんとの息が合わなかったりということを経験していくうちに、業界のお約束事が少しずつわかるようになってきたんです。

デビュー9年目で初舞台

女優としてもっと深く、もっと地に足をつけて

デビューした年から、テレビの情報番組やドラマに出演させていただきました。関西に住んでいたこともあって、京都での時代劇のお仕事も多かったですね。「暴れん坊将軍」には、10年間レギュラーとして出演させていただきました。京都での撮影は、朝8時くらいに支度をして、実際にカメラの前に出たのはお昼休憩をはさんだ後とかいうこともよくありました。でもそういう雰囲気が、のんびりとしたわたしのペースにはすごくあっている感じがしていたんです。とても心地いい仕事場だなと思っていました。

写真:田中 綾子さん
時代劇「暴れん坊将軍」には約10年間レギュラー出演。
そうやって芸能界で過ごして8年ほど経った時に、いま所属している松平健さんの会社に来ないかというお話をいただきました。そして、舞台に出てみないかと言われたんです。それまでは1ヶ月間続くような舞台をやったことがなくて、どんなものなのか全く想像もつきませんでしたね。けれど、東京の明治座と大阪の新歌舞伎座で1ヶ月ずつ公演をさせていただいて、たくさんのすばらしい先輩たちとご一緒させていただくことができました。そしてその中で、女優としてさらに深くやっていくためには、もっと地に足をつけて仕事していかなくてはいけないんだなって気づいたんですよ。それが、わたしの女優としての転機になりました。

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田中 綾子さんが使用するボディケアグッズ

ファイテン 酪酸菌
写真:ファイテン 酪酸菌
セラミッククリーム
写真:セラミッククリーム
田中 綾子さんの使い方

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