夢に向かって挑戦する人

夢を叶える為に私が選んだ道

1975年、大阪府生まれ。プロボウラーの父の影響で高校入学と同時にボウリングをはじめ、17歳でプロテスト に合格。2002年に全日本ミックスダブルスで史上初の親子優勝。同年東海女子オープンではシングルスで初優勝。プロボウラーとしてテレビや雑誌などで活躍中。

酒井 美佳さんのストーリーインタビュー

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厳しい練習、父と掴んだ初優勝。

プロボウラーを志すきっかけ

お父さんと同じ世界でやってみたい。

わたしの父もプロボウラーなんです。でも、わたし自身はボウリングに興味もなかったし、中学2年生まで父の試合を観に行ったことがなかったんですよ。そんな時に父が「優勝するチャンスだから、ぜひ観に来てほしい」と言って、わたしたち家族を試合に招待してくれたんです。そのトーナメントは、父が唯一タイトルを持っていないトーナメントでした。そして、わたしが初めて見たその試合で、父は優勝したんです。写真:酒井 美佳さん
プロボウラーである父の優勝が、ボウリングを始めるきっかけだった
父のそんな姿を見て「わたしもこういう世界でやってみたいな」と思ったんです。これがわたしがプロボウラーを志すきっかけになりました。

父に「ボウリングをやってみたい」と伝えて、実際にボウリングを始めたのは、受験が終わって高校に入学した後でした。15歳で初めてマイボールを作って、ボウリングをしたんです。初めのスコアは、50とか60だったんですよ。そこからプロを本気で目指そうと思って、毎日高校が終わった後にそのままボウリング場に行って、毎日20〜30ゲーム練習を続ける毎日が始まりました。父はすごく練習をする人で、わたしはみんながこれくらい当たり前にやっているんだと思っていたんです。今になってそれをいろいろなプロの方に話すと「毎日そんなに投げていたの?!」と驚かれるんですよ。休みは週に1回くらいで、泣きながら練習したり、ボールの指の穴が血だらけになるくらい練習をしていました。厳しかったけど、そういう環境があったからよかったんだなって思います。


プロテスト合格そして初優勝

プロ入りから10年、父との初優勝。

プロボウラーの試験は年に1回開催されていて、16歳から受けることができるんです。女子の1次試験は、1日12ゲームを4日間やって、190アベレージ以上で合格になります。これに通過すると2次テストも1日12ゲームを4日間行い、3次テストでは面接や筆記試験があります。それに合格して、やっとプロになれるんですよ。このテストは全体順位ではなくて、自分が出したスコアが全てなので、本当に自分次第なんですよね。わたしは15歳でボウリングを始めて、16歳で1回目のプロテストを受けました。1回目は父も受かるとは思っていなくて、来年のために雰囲気を経験しなさいという感じだったんです。そして、翌年17歳で合格してプロになりました。

プロになるテストも大変ですけど、本当に大変なのはそこからですね。うちの父は結構優勝回数が多いんですが、タイトルを持ってないプロの方も多い世界なんです。実際自分がプロとしてやって初めて、優勝するのってこんなにも大変なんだっていうのを感じました。でも、プロになったからには優勝っていうのは経験したいなって思いましたね。

わたしは優勝するまでに10年間かかりました。初優勝は、年に1回行われるミックスダブルスという男子プロと女子プロが組んで戦う大会だったんです。プロになった時からの夢だった、父と組んでの親子優勝だったんですよ。2002年のことで、史上初の親子優勝でした。そしてその2ヶ月後に、個人の初タイトルを獲得しました。

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